■研究の背景
有機EL素子は動作機構の観点からすれば、
無機半導体のp-n接合を利用した発光ダイオード(LED)に類似した
動作機構をもつキャリア注入型の発光素子であるため、
有機ELはOLED(Organic Light Emitting diode)とも呼ばれます。
OLEDは、有機超薄膜(有機膜の厚さ:数百nm程度)に電流を流すことによって、
自発光(バックライトが要らない)で高効率の面発光素子となるため
視野角依存性がない(斜めからみてもきれいな)、
薄型(ここでいう薄型とは、壁掛け等の薄さではなく、フィルム程度[1mm以下]を指す)の
画像表示素子の作製が期待できます。
このため、従来にない新規な画像表示素子として期待が高まっています。
特に当研究室では、OLEDの有機層がほとんど透明である特長を活かして、
この機能性有機膜を透明電極で挟んだ、透明OLED(Transparent OLED)の作製を行っています。
上述のOLEDの特長に加え、
非表示時にガラスと同等の透明膜になることで他のデバイスにはない、応用が期待できます。
例えば・・・・
(1)ガラス窓が電源ONの時のみ、ディスプレイになる装置が出来そう。*)

(2)乗用車等の浮き上がるメータ、カーナビ等、フロントガラスへの表示に使えそう。
(3)プラスチック基板を用いることで、フレキシブル(折り曲げ可能な)ディスプレイが出来そう。
服に着ければウェラブルってやつですか・・・。
(4)TOPエミッション素子
今までは、有機膜をつけた後に、透明導電膜を作ることは難しかった
(後述<透明OLED(TOLED)の作製のハードル>をご参照下さい。)ので、
やむなく、下地(陽極側ガラス側から発光を取り出すのが一般的であった。
陽極側ガラス上に、p-TFT(多結晶薄膜トランジスタ)を形成すると、
発光層からの発光に対し、
TFTの部分と配線の分が影になる(邪魔になる)ため、どうしても開口率が大きく取れない。
しかし、有機膜上に(電子を注入できる)透明導電膜が作製できれば、
上から邪魔物なく光を取り出せます。
この技術によって、
アクティブマトリックス方式のOLEDの駆動回路として設けた(ガラス基板上の)TFT側から
光を取り出す必要がなくなり、開口率が極めて大きくとれることになります。
TOPエミッション素子は、下側が必ずしも透明である必要はありませんが、
TOLEDの技術と同様なのでここ(TOLEDの分類の一つ)に入れました。
■透明だから積み重ねるとさらなる応用が。SOLED(Stacked
OLED)
(5)RGB(赤、緑、青)RGB(赤、緑、青)を積層させ、1ドットでフルカラー表示が出来そう。**)
個人的には一番これを実現させ(1dotでいいからまず、作って)たいと思っております。
(6)マルチフォトン_エミッションデバイス(MPEデバイス)
MPEの解説については、後述します。
などちょっと思いつくだけでも、広範囲に利用できそうです。
*)最近、無機ELでは1)のような素子が開発されていますが、
無機ELでは高電圧(数百V)の駆動用インバーターが必要なため、
有機材料での開発が期待されています。
詳細は、後述[似ていて否なるもの]をご参照下さい。
**)現在用いられている、
電子カラー表示機器[:ブラウン管(CRT)、液晶表示(LCD)、プラズマ表示(PDP)等]は
空間的に配列(マトリックス状に並べた)させたRGB(赤、緑、青)画素の各成分比によって、
カラーを表示している。
したがって、フルカラー画素一つを表示するのに少なくとも、3画素(R,G,B)が必要となる。
もし、(4)のように、(OLEDが非発光時に透明であるという利点を活かして)
縦方向にRGBを積み上げることができれば、
画像領域に与えるインパクトはとても大きように思えます。
少なくとも、解像度は従来のカラー表示機器と比較して一挙に3倍になるはずです。
(TFT等、駆動回路とそれに付随する配線等の配置については、ここでは考慮していませんが・・・)
・従来のカラー表示画素配置とSTOLEDタイプ(積層型)カラー表示画素配置
■透明OLED(TOLED)の作製のハードル
OLEDはキャリア注入型の発光デバイスであるため、
ヘテロ界面のキャリア注入効率に関わる、
電極のエネルギー準位といった観点から電極を選ぶ必要がある。
OLED下部電極にホール注入の向上のため仕事関数の高い
ITO(In2O3-SnO2)透明電極が用いられ、
これとは逆に陰極にはAl-LiやMg-Ag等といった、
仕事関数の低い金属を用いるのが一般的である。
このため、上部電極に仕事関数の高いITO等の透明電極を配置し素子を駆動するのは難しい。
また、ITO等の透明電極は一般にスパッタ法を用いて製膜するが、
有機膜を配置した後にスパッタ膜を積層させる場合、
スパッタ衝撃による有機膜の損傷といった困難が加わる。
■透明OLED(TOLED)の作製
層構造
ITO/ホール注入層/ホール輸送層/電子輸送性発光層/
アルカリメタルドープ・電子輸送層/IZO(In2O3-ZnO)
---作製した研究室生(2002年度、電子画像研究室4年生---
・馬場大作くん(主に、高分子の成膜担当)
・倉田善久くん(主に、共蒸着によるドープ担当)
・遠藤浩平くん(ITO、IZOの低衝撃スパッタ担当)
3人の研究の積み上げで下図のようなOLEDが完成。
■透明OLED(TOLED)の写真

電源OFF:よく見えないけれど前面に、ガラスのようにOLEDがあります。
電源ON:OLEDがが薄く発光&後ろもまだ透けて見えます。
電源ON:さらに電圧を上げると、発光が強くなり、後ろの文字が隠れます。
外部照明を消したところ(OLEDの電源はON):導波光効果でエッジが光り、
ガラスの位置が良く分かります。

電源OFF

電源ON
■ポリマーを用いたTOLED
これは、ITO/ホール注入層/発光性ポリマー/
アルカリメタルドープ・電子輸送層/IZO(In2O3-ZnO) で
ホール注入層と発光層がポリマーで作ってあります。
ITOにパターンを作ると、このようにいろいろ面白い透明表示板ができます。
これらは、前述の写真と同様電源を落とせば、発光部もほぼ透明になります。
私の職場(大学)の頭文字を取ってロゴもどきを作成してみました。
2003.4から英文表記がTokyo Institute of Polytechnics(TIP)から
Tokyo Polytechnic Universityに変わります。
前のロゴがTIPだったからきっとTPUだと思って作ってみました。よって、公認のロゴではありません。

2001年度1年、客員研究員としてお邪魔して、
お世話になったClemson大学(USA)でのマスコット(クレムソン・タイガー)のシンボルマーク、
いわゆる虎の足跡(肉球)を作ってみました。
■似ていて否なるもの
街や展示会でみかけた透明EL(これって有機透明EL(TOLED)じゃないの?)
(1)透明(無機)EL
前述のように無機ELはインバーターから交流パルスを印加して駆動します。
LCD/PDP International_2002でデンソーが展示していました。
これから、街でいろいろ見かけることになりそうな気配。
LCD/PDP International_2002でデンソー配布のパンフレットより写真を抜粋。
また、すでに高級乗用車のメーターの一部
(全く私には縁がなさそうな、日本の有名メーカーの高級車のさらに上の方のグレード)に
浮き上がるデジタルメーターとして採用されているようです。
2.透明版の側面から光を導いて発光させる方法
よく、電子手帳とか、携帯電話の光源として使われている方法と類似
(この場合はバックライトの代わりに側面から光を入れているはず・・・)
光ファイバのように透明ガラス(またはプラスチック)内に光を伝播させ、
途中に光を散乱させる場所を作ると、
あら不思議、そこが光っているように見えます。
(これは私の推測に基づいて記載しました。
上にあるのが多分光源(LED)ユニット。そこの光源の色を変えて表示しているものと思われます。)
お店(マルカ電機工業)の方にお断りして、写真を取らせて頂きました。
これらは、確かに透明表示素子ですが今、お話させて頂いているTOLEDとは異なるものです。
■マルチフォトン_エミッションデバイスについて
2002応用物理学会・春で[山形大/院の城戸先生、アイメスのグループ]、
同年応物・秋[アイメス 仲田壮志氏・山形大/院]が発表、
LCD/PDP International_2002でアイメスが展示した例のアレです。
内部量子効率が100%を超える(一個の電子で複数のフォトンを発生)画期的デバイスです。
はじめに
どうして、内部量子効率が100%を超え得るのか?
ここから解説というか、自分の内容理解の整理のために記述しました。
当研究室では、まだやっとTOLEDが出来ただけですので、
MPEを作れたわけではありません。
単なる、今後の発展を期待して解説もどきを記載させていただきました。
私の勝手な理解ですので、間違い等ありましたらご指摘頂けると幸いです。
ご存知のように、内部量子効率とは、
(素子を外側から見て)電子(正孔)一個あたりフォトンが何個放出されるかで定義されます。
例えば、LEDをn個直列につなぐと、駆動電圧はn倍になりますが、 電流はそのまま(1倍)です。
よってこのn個のLEDsを1個のデバイスとして考えるなら、フォトンはn倍になります。
この場合あくまで、素子はn個の直列ですから、
これらをまとめて一つの素子を扱うわけにはいきません。
しかし
「透明膜で挟んで素子を直列にした素子sを一つのデバイスとして位置付けられる」
という前提があれば、放出フォトン数は発光層の層数倍になります。
すなわち、内部量子効率(Q.E.)は100%を超え得るのです。
前述したように、数百nm単位のOLED_1ユニットのn回_積層をもって、
1個_or_n個の素子と言うかどうかが、この話の要になっていると思われます。
この話を理解する上で混乱の元(と思われる)のは、
今まで電極を含んで、表も裏も透明な機能性薄膜にキャリアを注入することによって
発光(フォトンを放出)が起こり、光を取り出せる_という点にまで、
QE定義の領域の考慮が(我々は)及んでいなかったことに、あると思われます。
■MPEにおけるキャリアの移動について
Q.「なんで、キャリアの供給が素子の中間にあるCGLから行われるのでしょうか?」
私もはじめ、キャリアがなにも無いところから湧き出るのか?
という疑問がありました。
例えばCGLの上の層にホールを供給した場合、
CGLの下の層へ、電子を供給すれば +,−のバランスは取れる
(+−=0、外からの供給は必要ない)ことになる。
供給するきっかけ(バイアス)は外から繋がれたキャリアによるが、
最終段の 電子(MPEの一番上の電極からの注入)と最終段のホール
(MPEの一番下の電極から の注入)さえ供給のつじつまが合えば、
内部のCGLは上述の理由で自己完結(+−=0)することになります。
CGLで発生しているトータルのキャリアは入り口と出口だけをカウント
(内部の分はすべて相殺)し、QEは(CGL数+1)」でいいことになります。
量子効率の定義が「入力されたエレクトロンに対する、
出力されるフォトンの割合」である以上、100%を超え得ることになります。
2002年応物・春では、CGLに透明導電材料であるITOを用いていましたが
2002年応物・秋[アイメス 仲田壮志氏・山形大/院]では、単体では絶縁材料である
電荷移動錯体を用いています。
(オームの法則位しかイメージできない私には、)仕切り層が絶縁体なのに
何で電気を流すのか、不思議でした。
これは、D(ドナー)とA(アクセプタ)[ここでは、αNPD(D)とF4TCNQ(A)または、αNPD(D)とV2O5(A)]を隣あわせることで、電荷移動(そのまんま(名)です・・・)が起こり、電流が流れる機構のようです。
電流を流して駆動する以上、各発光層の中間に挟む材料は「透明な導電膜しか使えない」という固定観念(私だけか?)を打ち破る提案であり、かつ、中間に挟む材料自身がキャリアを生成している層、いわゆるCGL層になっている(と呼べる)証拠であるように思えます。
但し、この素子は直列ですから、
フォトンを注入するための電圧はn倍高くする必要があるはずです。
ここまでの話を簡単に整理すると、発光層をn段重ねたMPE素子は
・効率(cd/A)では、ほぼ発光層数倍のn倍になる。
・効率(lm/W)では、ほぼ1倍[但し、個々の発光層を低電流で駆動できるため
実際には2割増し(1.2倍)位にはなるそうです。](2003.3.13加筆部分)
このように、MPEはQEを発光ユニット数倍に出来る画期的なデバイスです。
しかし、さらにすごい利点があります
1.有機膜の厚さを厚くできる。
OLEDは有機層の膜厚が数百nmしかありません。
薄膜なのはいいけれど、作る側からするとちょっと薄すぎます。
この厚さは、一般に基板に用いる透明導電膜ITOの凹凸
(目で見ると、まっ平らですが
AFM等で観察すると数十nm〜数百nmの剣山のようになっています)と ほとんど変りません。
よって、ピンホールに気をくばって、平坦な環境(下地)を作ってやらないと、
ショート等の不具合がおきます。
膜が厚く出来ると、この問題(工業的には歩留まり)を回避できそうです。
2.低電流駆動によってa-Si_TFTが使える(はず)(2003.3.13加筆部分)
前述したように、OLEDは電流注入型の素子であるため、画素を駆動する電流はLCD(液晶ディスプレイ)と比較して大きい。このため、それを駆動するトランジスタは大きな電流を流せるもの(p-SiTFT以上)に限定されており、製造コストの安いa-SiTFTは使えない、というのが、定説(?)でした。
しかし、このMPE技術を使えば、多層発光ユニット構造にすることで、a-Siで駆動できる低い電流で、(それなりの)輝度が得られる利点があります。
p-Siとa-Siの製造の手間とコストの差を考えると、このブレイクスルーはかなりインパクトがありそうです。
3.特許の問題
最初に高効率のOLEDを報告したグループの特許は
上述のように有機層の膜厚が薄いことを特長としています。
しがたって、厚い膜の場合は・・・ど〜なる??。
このように、MPEの種が透明OLED(TOLED)にあることがご理解いただけた?と思います。
TOLEDのさらなる発展が期待されます。
当研究室では微力ながら、このTOLEDの研究を進めていきたいと思っております。
ご興味のある方はご連絡頂けると幸いです。